Friday, January 13, 2006

血の沼~参

あの女はねえ
つまり母様はねえ
うっとりする程肥えて艶っぽくて憎らしかった
だから言ってやったさ
お母様お久しゅうってね
あの売女
言葉の意味と目の前の光景を合致させるのに五分は掛かったよ
あのときの二人の顔ったら
あんまり間抜け面なんで
あたしゃ素裸の腹がひくひくしてもまだ笑いが止まらなくって
何だか胸まで痛くなって
本気で泣いたっけね
奥方は
父娘同士で何と淫らなって
きいきい喚く
旦那は
実の娘を可愛がるのに何が悪いって
開き直る
女中部屋のある離れは大騒ぎさ
あたし等三人以外は只の痴話喧嘩と思っているからね
奥様何もそんなに
旦那様早く謝罪をと
周りが囃し立てるもんだから
却って双方引っ込みがつかなくなって
とうとう奥方の気が触れた
子捨ての負い目が
女に潜む母の部分を逆撫でしたんだろう
母様は
裸のあたしに飛び掛かり
髪を掴んで引き摺り回した
雲隠れした月の下
女二人が段々あの井戸に近付くのを見て
旦那は大急ぎで下帯巻いて突っ走ってきた
後はもう暗闇の中の乱闘さ
誰が誰を殴り
誰は誰に蹴られたか分かりゃしない
誰かが提灯持ってくるより早く
お月さんが全部照し出してくれた
全裸で傷だらけのあたしは
母様に首を締められ
のけ反って井戸縁に押し倒されていた
女夜叉の母は
髪を角みたいに逆立て
あたしを井戸に落とそうとしていた
褌一丁の父は
あたし等を引き離そうと必死だった
三人共凄まじい形相で鬼の攪乱や如何にとも
使用人達ゃ怖がって遠巻きに眺めていたっけ
あん時の有様は妙にはっきり覚えている
最初で最後の親子三人水入らずだもの
そう最後だった
母にはね
荒れ狂う母の脳天に
羞恥で錯乱した父が
息も絶え絶え娘を救うため
井戸の踏み石をめり込ませた
ぐちゃって潰れる音びしゃって降る血肉
やっと息が楽になったあたしは
大口を開けて空気を吸った瞬間
生温い脳味噌を飲み込んじまったよ
不味かったねえありゃ
あんまり不味いんで
今度は吐こうと大口開けたら
両の目も一緒におっ開げちまってさ
見ちゃったよ
熟れた柘榴が中味飛び散らかしてね
あの井戸へ
そうさ昔語りで身投げがされたあの井戸へ
あたしのお母も落っこちてったんだ
過去と今と秘密と因果を道連れにね
あたしかい?
そりゃ泣いたさ
嬉しくてだってそうだろ?
捨てられて死に掛けて身体売っていた生き腐れが
晴れてお医者様の奥方に成り上がったんだ
大したもんだろ
実の父に嫁いだあたしも
女房殺して実の娘を娶った父も
無邪気に姉を義母さんって呼ぶ馬鹿跡取りも
父娘が交わり産まれ出た脳足りんも
何も知らない周りの糞っ垂れな奴等も
全部知っていて止められなかった菩提寺の坊主も
あたしの復讐はまだまだ終わらない
臆病者の夫は金で兵役を逃がれやがった
許すもんか
袖の下が重く光る憲兵とっ捕まえて
お上とお金とどっちを選ぶか訊いてやった
勿論お巡査様は上役を取ったさ
憐れ夫は赤紙一枚残して
南洋の島で木っ端微塵になって死んだよ
ああそう
和尚も忘れちゃいけない
神風に逆らい仏を拝む僧侶は
実際霊権灼かな見せしめになったねえ
数え切れない亡者と一緒にぼろ寺がこう
ぼわあって燃え上がって
昭和の廃仏棄釈だよ
憲兵と村八分が怖くって
皆して古寺に火を放った
流石のあたしも亡者だけは恐ろしかったっけね
あの柘榴みたいな母親の面相が炎に浮かび上がるようでさ
あたしゃこの世を総じて恨んでいるのさ
そん中にゃあたし自身も入っているのさ
だからこの世を血の沼に変え
生き人全員呪い殺し
一緒に地獄へ落ちるのさ

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