Friday, January 13, 2006

血の沼~零

子ども集まりたれば
おあん様の昔物語り始まり

おれが親父は山田去暦というて
石田治部少輔殿に奉公し
近江の彦根に居られたが
そのゝち治部どの御謀反の時に
美濃の国おほ垣の城へ籠もりて
我々皆一所に御城にゐておじゃったがが
不思議な事が夜な夜な九つ時分に
誰とも無く男女三十人ほどのこゑにて
田中兵部どのゝう田中兵部殿のうとおめきて
そのあとにてわつというてなく声がよな/\しておじゃった
おどましやおそろしうおじゃった
その後家康様より攻め衆大勢城へ向かはれて
戦夜昼おじゃったの
其の寄手の大将は田中兵部殿と申すでおじゃった
石火矢を撃つ時は城の近所を触廻りておじゃった
それは何故なりや
石火矢を撃てば櫓も緩々動き地も裂けるやうに凄まじいさかいに
気の弱き婦人なぞは即時に目をまはして難義した
其のゆゑに前方に触れおいた
其ふれが有ば光も逃して
雷の鳴を待つやうな心しておじやつた
初めのほどは生きた心地も無く
たゞもの恐ろしやこはやと計われ
人思ふたが
後には何ともおじやる物じやない
我々母人も其の他家中の内儀娘達も皆々天守に居て
鉄鉋玉を鋳ました
また味方へ取った首を天守へ集められて
それぞれに札をつけて覚えおき再々。
首にお歯黒を付ておじゃる
それは何故なりや
昔はお歯黒首は貴き人とて賞翫した
それ故白歯の首はお歯黒付て給はれと頼まれておじゃったが
首も怖いものでは非ない。
其の首共もの血臭き中に寝たことでおじゃった
或る日寄手より鉄鉋撃ち掛け
最早今日は城も落ち候はんと申す
殊のほか城のうち騒いだことでおじゃった
そのところへおとな来て
敵かげなきしさりました
最早お騒ぎなされな鎮まり給へといふ所へ鉄鉋玉来りて
我等おとゝ十四歳になりしものに当りて
其のまゝひりひりとして死でおじゃった
扨々むごい事を見ておじゃったのう
其日我が親父のもち口へ矢ぶみ来りて
去暦事は家康様御手ならひの御師匠申されたわけのあるものじゃほどに
城を逃れたは御たすけ有べし何方へなりとも落ち候へ
路次の煩いも候まじ諸手へ仰せ置たとの御事でおじゃった
城は翌の日中攻め落とさるゝとて
皆々力を落して我等も明日はう死なはれ候はむと心ぼそくなつておじやつた
親父密かに天守へまゐられて
此方へ来いとて母人我等をもつれて
北の塀わきより梯子を掛けてつり縄にて下へ釣さげさて
盥に乗て堀を向かうへ渉りておじゃった
その人数は親達二人童と大人四人ばかり
其他家来はそのまゝにておじゃった
城を離れ五六町ほど北へ行し時
母人にはかに腹痛みて
娘を産み給ひた
おとな其まゝ田の水にてうぶ湯つかひ引あげてつまにつゝみはゝ
人をば親父かたへかけて青野が原の方へ落ておじゃった
怖い事でおじゃったのう
南無阿弥陀
又子ども彦根のはなし被成よといへば
おれが親父は知行三百石とりて居られたが
その時分は軍か多くて何事も不自由な事でおじやつた
勿論用意は面々蓄えもあれども
多分朝夕雑水を食べておじゃった
やったおれが
兄様は折々山へ鉄鉋撃ちにまゐられた
其時に朝菜飯をかしきて昼飯にも持れた
其時に我等も菜飯を貰うて食べておじゃった
ゆゑ兄様をさいすゝめて鉄鉋撃ちにいくとあれば嬉しうてならなんだ
さて衣類もなくおれが十三の時
手作の花染めの帷子一ツあるより他にはなかりし
その一つの帷子を十七の年まで着たるによりて
すねが出て難義にあつた
せめてすねの隠れるほどの帷子一つ欲しやと思ふた
此様に昔は物事不自由な事でおじゃった。
また昼飯など食ふといふ事は夢にも無いこと
夜に入り夜食といふ事も無かつた
今時の若衆は衣類のもの好きこゝろを尽くし金を費やし
食物に色々の好み事召される沙汰の限なことゝて
又しても彦根の事をいうて然り給ふゆゑ
後々には子どもしこ名をひこ根ばゝと言ひし
今も老人の昔の事を引て
当世に示すをば彦根をいふと
俗説にいふはこの人より始まりし事なり
其故他国のものには通ぜず
御国郷談なり
右去暦土州親類方へ下り
浪人土佐山田喜助後に蛹也と号す
おあんは雨森儀右衛門へ嫁す
儀右衛門死して後
山田喜助養育せり
喜助の為には叔母なり
寛文年中齢八十余にして卒す予
其の頃八九歳にして物語りを折々きゝ覚えたり
誠に光陰は矢の如しとかや
正徳の比は予すでに
孫どもを集めて此もの語して昔の事ども取り集め
世中の費をしめせば
小ざかしき孫ども昔の
おあんは彦根ばゝ
いまのぢゝ様は彦根ぢいよ何をおじゃるぞ
世は時々じやものをとて鼻であしらふゆゑ
腹も立てども後世恐るべし
又後世如何ならむ孫どもゝ
また己が孫どもにさみせられんと
是をせめての勝手にいうて
後はたゞなむまいだ南無阿弥陀仏外に云うべき事無かりし
昔語りの終わりにはいつも悲しみおぞしき付き纏い
後の世に伝ふれば後の世に倣ふもの漣如く細木流如く
明治維新も白露の戦も過ぎ
なお続く世の流れ
賽の河原
血の沼泥リ
淀む血の沼に
源は其れ井戸なりて
源は皆生首よおあんの取りし生首よ
享保十五年庚戌三月廿七日 

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