Thursday, January 12, 2006

r***コスモス

子供の頃の写真を見つけた
この六月の癌再発以来
昔が思い出せないけど
写真は残酷にも過去を暴き出す
真っ盛りのコスモス畑で
若い男女と金髪の男の子楽しげに抱かれる女の子
父と母と兄とわたし
可憐な秋桜は
幼子に似合う
男女に似合う
家族に似合う
失われた過去
忘れたほうがきっと安楽だ
ドライヴの途中で見つけた秋桜の花畑は淡く咲き誇り
確かわたしが手折ろうとしたとき
父に駄目とたしなめられた
秋桜は尊い花
コスモスという名はギリシャ語の宇宙と装飾を意味するのだ
他の花なら折ってもいいものか
わたしは幼心に不公平を感じた
学校で差別を受けるわたしには劣後も優越も同じ差別と思った
秋桜は秋を引き立たせる
戦ぐ花々が今限定の快晴に映える
少しわたしも秋を偲んだ
あったはずのなくした過去を追い
暫しの回顧に沈んだ
そして忘却に落ちた
思い出せない
忘れた事実も
認知できない
何を忘れたか
其れが分からない
だけど歴史は覚えている
コスモスの原産地はメキシコ
十八世紀にスペインの植物学者が道の趣旨を発見し本国へ送り届けた
一人の神父が種を育てて名づけた
宇宙を表すコスモスと
日本に来たのは幕末以降だ
花の画詩集に載っていた詩
風は見えないだけど
木に吹けば緑の風になり花に吹けば花の風になる
今わたしを過ぎていった風はどんな風になったのだろう
今わたしを弄る風はわたしの記憶を諸共攫って重く陰鬱な風になったろう
詩集の花は凛と美しく強く
言葉には更なる根性が滲む
わたしが書く文字は無機質
非生産的な日々
身体ごと攫って欲しいけど
秋風はそんなに優しくない
秋桜はこんなに美しいのに
優しげで弾むような生命力に満ちた
昔々の家族が
色褪せた写真の中で
来るべき悲劇を知らず笑ってる

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